Adminではないけれど [隠居生活編]

主に無職の身辺雑記、たまに若い頃の自慢話。

水島新司の漫画の魅力

水島漫画の最大の魅力は、なんといっても、プレイのカッコ良さだ.投げる.打つ.走る.すべる.そうしたひとつひとつのシーンが、躍動感があり、ダイナミックであり、迫力があり、……つまるところ、カッコいいのだ.

例えば明訓高校が初出場した夏の甲子園大会の準々決勝、土佐丸高校戦、これまでキャッチボールのように力を抜いて投げていた犬飼小次郎が、山田を打席に迎えた時に目をキラリと光らせ、突如、柔軟な身体を思い切りしならせて投げ込んでくるシーンがある.この投球シーンを見ただけで、どれほどの剛速球が投げられたか想像がつくほど.このシーンは何度も模写し、画用紙に描いて学校の教室の壁に貼らせてもらったこともある(それを見たクラスの女の子が、「今度は里中くんを描いて~」と大勢寄ってきた).

その前の地区大会で、一回戦を経て山田を正捕手とし、一塁にコンバートされた土井垣将が、次の試合で、ライトへの強烈なライナーをジャンプ一番ダイレクトでキャッチしたシーンも印象に残る。土井垣は神奈川県のスーパースターと言われ、常にファンに取り囲まれる人気者だが、三年生の時にはこれといって活躍する場面がない.犬飼小次郎からホームランを打つのは山田ではなく土井垣であってほしかったと個人的には思う.これは余談だが.

打つシーンで印象に残るのは、景浦安武が高校三年生の夏の地区大会の決勝戦で放った本塁打だ.打った瞬間にホームランとわかる素晴らしい打撃だった.その景浦がプロ入り直後、草野球でちょっと鳴らした投手から莫迦にされたことに腹を立て、彼が投げている試合で相手チームに代打で出場し、一発で仕留めたシーンも忘れ難い.身体をねじ切るようにして打つ姿は、ボールが地の果てまで飛んでいくのではないかと思わされた.草野球だから軟球だろう.軟球を場外まで運んだのだからすさまじいが、あの打撃フォームなら不思議はないと納得させられる一発だ.

書き出したらきりがないが、とにかく、一話に1カットくらい、惚れ惚れするようなシーンがある.だから、野球のルールをよく知らない人でも楽しめた.

これに関して重要な点がひとつ.それは、こうしたポーズは、決して写実的ではなかったということだ.

当時はビデオなどない時代.新聞に野球の記事は載るが、投げている瞬間や打っている瞬間の写真は、滅多に載らない.だから、実際にどういう動きをするのか、ほとんどの人はよく知らなかった.水島新司の漫画を模写すると、それっぽく見える.違うポーズを描こうとしても、うまくいかない.友人にポーズを取ってもらい、それを眺めたが、同じ.

その後「一球入魂」という野球専門の月刊誌が創刊され、これは水島新司責任編集で漫画も掲載されるというので、毎月購入した*1.このグラビアで、僕は初めて野球選手をカラー写真で見ることになる.そして、打ったり投げたりしているポーズは、漫画に描かれている姿勢と全然違うということを知り、驚愕した.

つまり、選手の動きをただ写実的に絵に表わしたのでは、それっぽくも見えないし、迫力も出ない.だから、見ていて不自然でないように、かつ、迫力のあるダイナミックな表現を、ひたすら追求した結果、あのような作画にいきついたのだろう.

例えば、打者が打つ瞬間に、脚が曲がっていることがある.骨があるから実際にあのような曲線になることはない.しかし、決して不自然には見えず、それどころか、バネを効かせて打ちにいっている様子がよく表われている.

水島新司以降、このような表現が漫画界に一斉に広まった.が、水島人気が落ちていくとともに、こうした表現も姿を消し、今、その影響をダイレクトに感じる作品はない.満田拓也の「MAJOR」も寺嶋裕二の「ダイヤのA」も、絵はうまいと思うが、惚れ惚れして壁に飾っておきたくなるようなものではない.また、ひぐちアサの「おおきく振りかぶって」などは、肝心のシーンは集中線をかぶせてごまかし、手や指をきちんと描かない.ももカンの胸ばかりていねいに描いたって、野球漫画としてはダメだ.


*1:「一球入魂」は、実際には永谷脩が押し付けられてほとんど一人で創っていたらしい.水島新司と仲違いしたあと、どこかでさらりと書いていたのを読んだことがある.