Adminではないけれど [隠居生活編]

主に無職の身辺雑記、たまに若い頃の自慢話。

「英文法解説」を押す

語学を学ぶ時に、よくできた辞書と文法書を手許に置いておくことは必須だろう.ここでいう文法書は、辞書のように、必要な時に必要なページを読むためのレファレンスのこと.1ページ目から読み始め、最後まで読まれることを期待される学習書のことではない.その文法書として「英文法解説」(江川泰一郎著、金子書房)を強く推奨したい.

本書は1953年に初版が発行され、1964年、1991年の改訂を経て、江川先生が亡くなられた現在も刊行され続けている.ロングセラーであることが名著の保証にはならないが、自分が高校時代だった1980年代は、受験生のみならず、英語の教師やプロの翻訳者なども使用していると言われ、英文法の本としては最も高い評価を受けていた.

三年前に本書を手に入れて以来、ほぼ毎日のようにどこかのページを開いている.本文中には「これに関しては~を参照せよ」と他ページへのリンクが随所に織り込まれている.それをたどっていると、20~30分くらいすぐに経ってしまい、そもそも最初に何を調べようとしたのかを忘れてしまう.そのくらい本書に浸かっている.

特長としては、よく言われることだが、説明は平易で簡潔.そして例文が多い.

説明や語釈が信頼できるものなのか、私に評価する力はない.ただ、しばしば「××(恐らくはネイティブな学者の書いた文法書)によれば~~であるが、○○には~~とある。私としては、~~のように考えるのが妥当だと思う」のような解説がある.こういう解説を堂々とする人は信用できると思っている.また、「英語が母語ではない学習者にとって、これ以上の詮索は無意味である」とばっさり切り捨てているところもあった.こうしたことは、よほどわかっていないと、なかなか言えないものだ.

548ページ.類書の中では比較的コンパクト.片手で持てる重さなので持ちやすい.重たい本は読むのが億劫になるが、この本は躊躇せず開ける.価格も安い.紙質もよく、活字も読みやすい.

伝統的な学校文法の枠内で説明していることも、本書を広く推奨する理由のひとつだと指摘しておきたい.

文法は、学校で習ったことが唯一絶対ではない.五文型八品詞にしても、各種の文法用語にしても、異説・異論はある.ある程度のレベル以上の人なら、この著者はこういう考え方の人なのだなと理解し、受け入れることもできるだろうが、本によって書いてあることが違えば、人によっては混乱するだろう.最初に頼る参考書は、オーソドックスなものがよい.とはいえ、本書も、小さな文字で「五文型の枠に収まらない英文なんていくらでもある」とか「八品詞でいくなら副詞も補語になると考えるしかない」などと触れてあるところに矜持も感じる.

真面目な書籍であるが、文章にはほのかなユーモアも感じさせる.かの有名な「時制の一致」を「惰性の一致」と揶揄する.こういう表現を見付けると、親近感が湧く.

最後に改訂されてから30年以上.内容が古びてはいないだろうか.これについては、学習者の立場で言うなら、問題ないと断言してよいと思われる.言葉はゆっくりと変化していくが、この程度のスパンでは、一般の学習者が気にするほど文法自体は変わらない.ただ、「説明の仕方」には流行を感じることがある.たとえば「限定詞」は本書では小さな文字で一ヵ所に記載があるだけで、それ以上何の説明もない.このあたりは若干古臭さを感じる.

本書に対する最大の不満は、文とは何か、文の構成や文の要素について、一切説明がないことだ.私が英文を読んで、どうにも理解できないという場合、文の構造に行きつくことが多い.すべての土台になる部分だからこそ、最初にきちんと説明をすべきではないか.コンパクトにまとめるため苦渋の決断だったのかも知れないが、残念至極.

高校時代の自分は、学習参考書というのは、参考書も問題集も、すべからくすべてのページに目を通し、問題があれば解き、重要事項を覚えるべきものと思い込んでいた.一部しか読まないというのは中途半端な利用法であり、それでは力はつかない.そうなると、分厚い本は敬遠する.これだけですべてオッケーという小型の参考書で受験を乗り切ろうとした.

もし当時、本書を利用していたら、英語に対する見方は変わっていたのではないか.あるいは2009年に英語の勉強を再開した時、本書も買い求めていたら.などと思わなくもないが、2020年まで使わなかったことを悔いるより、2020年から使うようになったことを幸運だと考えたい.今の自分だからこそ、良さがわかるのだと.