Adminではないけれど [隠居生活編]

主に無職の身辺雑記、たまに若い頃の自慢話。

一松信先生、100歳に

半年前のニュースだが、一松信先生が100歳の誕生日を迎えられ、ご本人のコメントが発表されていた.

「数学セミナー」の2026年1月号に一松先生が出題している、と以前書いた.版元の日本評論社は、誕生日の3月6日にプレスリリースを更新し、一松先生のコメントを掲載.

「私は本年3月をもって満百才を迎えました。まだ一応元気です。実の所こんなに長生きするとは思ってもいませんでした。子供の頃は病弱であり、大病で死にかけたこともありました。二十才まで生きたら幸運だともいわれていました。それが気がついてみたら百才になっていましたという次第です。よく長生きのひけつ(?)を聞かれますが、特にこれという点に思い当たりません。強いていえば、煙草をのまなかったこと、規則正しい生活を続けたこと、夜に十分の睡眠をとったこと、などが結果的に長生きにつながったようです。しかし皆様には、各自百才まで生きる予定で生活基準をおたてになることをおすすめします。長短はあるにせよ、一回限りの人生を有益にすごしましょう。それが百才になった私の申したい一言です。」

周囲に90代の人は何人かいるが、こんな文章を書いたり、まして数学の作問をしたりできる(ほど手や頭が活性化している)人はいない.すごいことだ.

それから半年経つが、訃報はない.まだお元気でいらっしゃるようだ.

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広中平祐亡くなる

2026年3月18日、数学者の広中平祐が亡くなられた.94歳.今ごろ知って驚いている.そうか、亡くなられたのか.というか、まだ生きておられたのか.

具体的な業績は知らないが、フィールズ賞を受賞されたことは物心ついた時から知っていた.日本人初なのかと、これも今の今まで思い込んでいたが、改めて確認すると二人目だった.一人目は小平邦彦(1954年).この方のことは知らない.

フィールズ賞はよく「数学のノーベル賞」といわれる.ノーベル賞には数学がないことと、数学界の著名な賞であることからそう言われるのだろう.実際には賞の性格はかなり違うが.

広中がフィールズ賞を受賞した(1970年)時点で、ノーベル賞受賞者は、湯川秀樹(物理学、1949年)、朝永振一郎(物理学、1965年)、川端康成(文学、1968年)の三人だけだった.数少ない国際的に価値の高い賞ということで注目を浴びたのだろう.

「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」というコピーがある.これは1973年に全国交通安全運動の年間スローガンで内閣総理大臣賞を受賞した標語だそうだ.当時非常に流行し、人口に膾炙した.これに対して広中平祐が、「日本は広くはないが東西に長い国であり、数学的には急ぐ意味はある」と言っとされる.むろん、スピード違反を肯定しているわけではないが、日本は細長い国であり、端と端はかなり離れている。決して小さな国ではない、ということを言いたかったのだろう。

日本の最北端と最南端は約2,800km、最東端と最西端は3,000kmほど離れている.自国内でこれだけの距離を取れるとなると、ロシア、アメリカ、中国、カナダ、チリ……片手くらいしかないのではないか.広い国だ.

ちなみに、面積でも日本は決して小さくはない.世界の国を200か国くらいとして、日本は61~62位くらいになるようだ。西ヨーロッパで日本より広い国はフランスとスエーデンくらいしかない.思っているより我が国は大きいのだ.

賀川滋子さん逝去

2026年8月27日、奈良県の賀川滋子が逝去.115歳91日.8月31日のニュース.

大和郡山市医師会史によると、賀川は1934年に大阪女子高等医学専門学校(現・関西医科大)を卒業し、病院勤務を経て1937年に開業.86歳まで産婦人科医・内科医を続けた.2021年は109歳で東京五輪で聖火ランナーを務めた.2025年7月29日、廣安美代子の逝去に伴い、114歳62日で日本最高齢となった.

賀川滋子の逝去に伴い、京都府の岸本ふよが日本最高齢となった.1911年(明治44年)12月20日生まれ、114歳250日.明治生まれの最後の一人だそうだ.

過去記事

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まな板の購入

まな板は、こまめに洗い、乾かすということを繰り返しているつもりだが、じわじわと黒ずんでくる.洗って落ちないのだからそのままでもいいのか、とも思うが、やはり不衛生だし、見た目も悪い.

これまで使って来た桐のまな板が使用に堪えなくなってきたため、新たに購入.

2021年にポリエステル製のまた板を購入したあとの記録がない.長持ちするかと思ったが、やはり黒ずんできて、洗っても落ちない.たいして寿命が変わらないなら肌触りは木の方がいいと、再び桐のまた板を買ったのだが、それはいつだったか.今日までの間に買ったのは一度だけだと思うので、だとすると平均三年保ったことになる.高いものではなし、そこまで大事に使わなくてもいいか.

本当はヒノキ製がいい.しかし、ヒノキだからといって長持ちするわけではないのなら、自分には贅沢だと思ってしまう.今回も桐のまな板にした.

過去記事


急須購入

急須をうっかり落として割ってしまった.20年か、30年か、もしかしたらそれ以上に長く使って来たものだが、格別の愛着があったわけではない.入手経路はもはや記憶にない.実家から持ち出したものかも知れない.

時々は茶を飲むので、ないと困る.そこでセリアへ行く.急須の取り扱いはないとのこと.ホームセンターへ行く.昔ながらの普通の急須がいくつか並んでいる.それでもいいが、面白くも何ともない.その上思ったより高い.その足でニトリへ行く.スタッフに訊くと「これしかないのですけど……」と言われた先には、コンサバティブなものはひとつだけ.が、そこにガラスの急須が何種類も並んでいた.

これはいいかも知れない.恥ずかしながら、蒸らすつもりでやり過ぎて濃い(まずい)茶を淹れてしまうことが自分にはある.色が見えるとそうした失敗はなくなるのではないか.そもそも茶の色が見えるのはなかなか素敵ではないか.

その上、日本茶だけではなく、紅茶やハーブティーなど、種類を選ばないという.我が家にはティーポットもある.昔はともかく、紅茶やハーブティーを茶葉から淹れることなどもはやなく、場所ふさぎではあったが、なくなると困るだろうと捨てられずにいた.これがあれば、それも処分できる.

という次第で購入.さっそくほうじ茶を淹れてみた.

注ぎ口がコンサバなものと比べ小さいため、そこだけが気になっていたが、十分に注ぎやすかった.ふたが持ちやすく、中が洗いやすい.なにより、湯を注いだところがとてもおしゃれだ.

とても気に入った.これから茶を飲む回数が増える予感.