Adminではないけれど [隠居生活編]

主に無職の身辺雑記、たまに若い頃の自慢話。

森村誠一逝去

7月24日、作家の森村誠一が肺炎のため逝去.90歳.

森村誠一といえば角川映画.話題になった小説を原作にして映画を制作するのは珍しいことではないが、角川書店は、本の宣伝のために出版社の主導で映画化を企画.決まると本の表紙を宣伝用のスチール写真に差し替えるという大胆な方法を採った.角川映画の第一弾は「犬神家の一族」、第二弾が「人間の証明」.

また、映画の宣伝をテレビのコマーシャルで積極的に流した.当時はテレビで映画の宣伝をするなど考えられなかった.これも角川映画が始めた.

「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」(人間の証明
「お父さん、怖いよ、なにか来るよ、大勢でお父さんを殺しに来るよ」(野性の証明

こうしたキャッチーなコピーで話題になったもの.自分は、このコマーシャルがなかったら「人間の証明」を読むことはなかったし、薬師丸ひろ子を知ることもなかった.

さらに主題歌(ジョー中山の「「人間の証明のテーマ」、町田義人の「戦士の休息」など)もヒット.書籍、映画、音楽を関連付けて宣伝する手法はメディアミックスと呼ばれた.そういえば文庫本の栞(しおり)は、映画の割引券だった.

森村誠一はこの時代に10冊ほど読んだ.世間の華やかなイメージとはかけ離れた、重いものばかりという印象を受けた.話題になった「人間の証明」は、ミステリーとしてのトリックや意外な犯人よりも、戦後の日米の負の歴史を描き出し、その影響は現在でも厳然と残っているという強烈なメッセージを含んでいた.面白くもあったが、読み進めるのがつらくもあった.「三時間くらいで一気に読んだ」という友人がいたが、信じられない.自分は一週間くらいかかった.

この時代はミステリーというだけでまともな賞レースの対象外だったのだろうが、直木賞を受賞してもおかしくなかった.自分にはちょっと重た過ぎたが.

その後「悪魔の飽食」で話題になった時に、この人はやはりそういう話を書きたいのだな、と思った.

森村誠一のエピソードで記憶に残っているのは、朝早く起きて、仕事場へ向かい、午前9時から執筆を始める、夜更かしはしない、徹夜は決してしない、とどこかに紹介されていたことだ.それまで作家というのは徹夜も辞さないものかと思い込んでいたが、本人いわく、月に一度しか締め切りが来なければ、締め切り前に徹夜もできようが、自分は毎日のように何かしらの締め切りがある.長期にわたって最も効率的に働くために、結局このやり方に落ち着いたのだそうだ.