Adminではないけれど [隠居生活編]

主に無職の身辺雑記、たまに若い頃の自慢話。

水島新司が亡くなられた

2022年1月10日、漫画家の水島新司が肺炎のため亡くなられた.82歳。

オールタイムで順位をつけるのは難しいが、僕の生涯で好きな漫画家を選ぶとしたら、ベスト3に入ってくるのは間違いない.

中学生の頃、野球帽のひさしに切り込みを入れたことがある.不知火守の真似をしようと思った.だが、どうにも決まらない.改めて漫画で確認すると、見る方向によって切れ込みの位置が違う.だからどの方向から見ても左目が隠れてくれるのだ.鉄腕アトムの角と同じ.

水島新司の作品で最高傑作は「野球狂の詩」だ.連作短編で、すべて珠玉の傑作揃いだが、その中で特に傑作だと思うのは「熱球白虎隊」である。

山井英司は中学野球で注目された名選手.野球有名校の白進高校へ進学するが、ここには同じ一年生で同じポジションの三塁に山井を上回る実力の選手がいた.結果、山井は二軍の通称・白虎隊へ.二軍選手は背番号はもちろん、学校名も入らない、白のユニホームしか着ることを許されないから白虎隊と呼ばれていた.選手層の厚い白新では、白虎隊からレギュラーになれる人は滅多にいなかったが、山井はレギュラー目指して練習に励む.が、チームは甲子園に出場.山井のライバルは四番を打って甲子園でも活躍.山井との差は開く一方だった.

が、三年生になって、ライバルは調子を崩す.今なら山井の方が実力が上だと、比較評価するよう白虎隊全員で監督に依頼する.部長は、彼はうちの看板選手だ、少々調子を崩したからといってレギュラーから外すなどあり得ない、と言うが、監督は、ここでチャンスを与えてやらなかったら、白虎隊の連中は何を目標にすればいいのか? 実力が上の者が試合に出るべきだと言い、二人をテストすることに.

テストは互いに相手の球を打つという勝負.ライバルは肩の強さも超一流.山井には手が出ないのでは、という心配を跳ね返すように、山井は食らいつき、センター前にはじき返す。こんなにうまくなっていたのか、と監督は驚く.攻守交替.こいつには打たせない、と投げ込む山井の球を、ライバルはなんと――10球連続してオーバーフェンスしてしまう!!

そのライバルの名は国立玉一郎.読者にはおなじみの、東京メッツの四番打者だ.また、これも読者は承知の通り、彼の家は歌舞伎役者の国立屋で、高校を卒業したら家を継ぐことになっていた.が、これ以上野球に打ち込むと歌舞伎役者の体格ではなくなることを危惧した両親から、もう野球なんかやめて早く家を継ぐよう連日説得されており、そのために重度のスランプに陥ってしまったのだ.が、このテストの前日、ついに野球を続けることを許してもらったという次第.

認められなくても、くじけず努力する山井.そして、陰鬱に澱んでいた白虎隊の空気を変え、前向きで練習熱心な集団に引っ張っていく.が、努力して、努力して、努力しても、圧倒的な才の前に崩れ去る非情な展開.結局、有望選手と言われながら高校では一試合も出場することなく山井の野球人生が終わる.彼こそが、東京日日スポーツの敏腕記者、山井だった.

水島新司は、こういう日の当たらない人に日を当てた話が本当に上手いと思う.それでいて、ただの人情噺ではなく、国立が山井の球をオーバーフェンスするシーンは、震えがくるほどカッコ良かった.選手のプレイするシーンは本当にカッコいい.それも水島野球漫画の魅力だ.

漫画家としての現役生活は長く、2018年(79歳)まで週刊連載を続けていた.まさに岩田鉄五郎を彷彿させる.が、全盛期は短かった.作品が面白くなった最初は「エースの条件」から.「一球さん」「球道くん」は一応最後まで描き切ったが、後半はいろいろ怪しかった.傑作と呼べる最後の作品は「光の小次郎」かな.「ドカベン」も「あぶさん」も、途中から読まなくなった.その10年ほどの間に、歴史に残る作品を量産した.

いま、子供たちの野球離れが進んでいるというが、「ドカベン」のような作品がないからだと思う.