しばらく前から親に代わって病院や介護施設や市役所関係の書類を記入する機会が増えた.こうした書類には親本人と、記入する人間、つまり私の名前を併記し、続柄を書くことが多い.その際に、担当者から書類を渡されて、「ここにお名前と続柄をご記入ください」のように説明されることが多い.
これまでの自分の体験では、こうした場合十人中十人が「続柄」を「ぞくがら」と読む.もちろん正しくは「つづきがら」である。これが気になって仕方がない.
こうした書類を記入する機会は限られる.自分の関係する書類は普通は自分の名前しか書かないから、若い人には縁がないだろう.一種の専門用語だ.一般の人が知らなくてもやむを得ない.しかし、病院や施設の事務の人や市役所の職員は、いわば専門家だ.専門家が正しい読み方を知らないのはいかがなものか.
正しい読み方を知らないばかりに、これから一生、恥をかき続けるくらいなら、教えてあげた方がいいのではないか、とも思う.気が小さいので、そんなことは口にしないが、もしかしたら、正しい読み方を知っているが、世の大半の人は「続柄」を「ぞくがら」だと思っているため、「つづきがら」と言うと「え、なんのことですか?」となって面倒だから、わざと「ぞくがら」と読んでいる――といった事情があるのかも知れない、などとも考えてしまう.
こんな妄想をするのは、若い頃の経験があるから.当時、機械メーカーに勤めていた.機械というのは故障するものである.故障した製品を修理で預かる間に、代わりの機械を貸し出すことがある.あるいは、納品直前にトラブルが見つかり、急遽別の製品を納品物に仕立て上げることもある.こうした代わりの機械のことを代替機という.読み方は、本来は「だいたいき」だが、先輩社員は「だいがえき」と読んでいた.
「だいたいきですよ」と指摘したところ(相手が同じ社員の場合は、こういうことははっきり言う)、「『だいたい』が正しいのは知っているが、口で『だいたい』と言うと『大体』とか『大隊』などと誤解される恐れがある、だから誤解の余地のないよう『だいがえ』と言うのだ」と説明された.「だいたいき」と言って「大体機」と思う人がいるものか、と内心は思ったが、メールなどなく、多くの処理を電話で済ませていた時代だから、そういうノウハウがあるのだろうと、それはそれで納得した.
この文章を書くために、自分が間違えていないことの確認のため、辞書を引いてみたところ、「続柄」の項に、俗に「ぞくがら」とも言う、とあって驚愕した(岩波国語辞典、第六版、2000年).
言葉は変化するものである.ただ、多くの人が間違えると、やがてそれが正解になる、という考え方に自分は組しない。何人間違えようが、間違いは間違いである.辞書も、安易に世間におもねたりせず、硬派の姿勢を貫けばいいのに.
自分が最も信頼する国語辞典である学研の国語大辞典では「ぞくがら」の読みは採用していない(第二版、1988年).とはいえ30年以上も前の辞書である.金田一春彦先生がご存命であれば、なんとおっしゃるだろうか.